トスティ歌曲:文学と音楽の融和が織りなす高い芸術性を有する歌曲の数々

音楽 ちいさな感動 おおきな感動

クラシック音楽ロマン派時代(1820-1900年頃)のイタリア歌曲として、
世界的に有名なトスティ作曲の歌曲の数々は、

聴けば、誰もが、
美しく詩的なメロディや、歌とピアノ伴奏とのハーモニーの調和に、心を奪われるでしょう。

      

🎼トスティ歌曲で表現力と【ロマン派歌曲】の本質を学ぶ

クラシックの声楽を学ぶ場合、
まず初めに、
主にイタリア古典歌曲が収められている、
『イタリア歌曲集』で、【クラシック歌曲】の基礎を習得し、

その次に、
トスティ歌曲集』で、
続けて【イタリアのロマン派歌曲】を学ぶことを、おすすめします。

『イタリア歌曲集』で、
すでに習得しているイタリア言語の『トスティ歌曲集』を学ぶことで、

発音に気を取られず、
より言葉の意味や表現に意識を向けて歌うことができるため、
表現力を高めることに最適です。

トスティ歌曲集』で、
より深い感受性・豊かな表現力を身につけた上で、

次に、
シューベルト、シューマン、ブラームス、R.シュトラウスなど、
クラシック音楽を代表する作曲家の名作が豊富なドイツ歌曲を学ぶと、
【クラシックロマン派歌曲】の理解が、よりスムーズに進みます。

イタリアとドイツ、両方の【ロマン派歌曲】を一通り学び終えた頃には、

【クラシックロマン派歌曲】の本質

が、理解できるようになってくるでしょう。

クラシック歌曲の大家、
シューベルト、シューマンと同じロマン派時代に、
イタリアで活躍したトスティが作曲した珠玉の歌曲の数々。

トスティの音楽は、
〈人間の感情〉をストレートに歌っていながら、
〈神聖さ〉さえ感じられるほどに洗練されています。

今回の記事では、
作曲家トスティと、その作品について学び、
歌の表現力を高めましょう。            

             

🎼歌曲作曲家:フランチェスコ・パオロ・トスティ

【イタリアのシューベルト】とも称されるほどに、
誰もが心を奪われる珠玉の歌曲の数々を作曲したトスティ

歌曲作曲家トスティの功績について、みていきましょう。
         

🎹クラシック音楽 ロマン派時代に活躍

フランチェスコ・パオロ・トスティ
(1846-1916年 イタリア後にイギリスに移住)は、
クラシック音楽のロマン派時代(1820-1900年頃)の作曲家です。

1時代前の古典派時代(1750-1820年頃)の音楽は、
主に教会や宮廷のための音楽であり、
形式に基づいて作曲され、秩序が重んじられていました。

ロマン派時代になると、
作曲家たちは、形式にこだわらず自由な発想で、
個人の感情を表現することを目指し、
クラシック音楽は、庶民にも広がりました。

トスティは、
ロマン派時代のイタリア、のちにイギリスで、
歌曲の作曲家・王室の声楽教師として活躍し、
シンプルで無駄がなく、
心に響く秀麗な美しさの歌曲を数多く作曲しました。
       

🎹ロマン派時代 イタリアはオペラ全盛期だった

ロマン派時代のイタリアでは、
トスティの他にも、多くの作曲家たちが活躍していました。

▼ロマン派時代:イタリアの主な作曲家(トスティの他)

ロッシーニ
ドニゼッティ
ベッリーニ
ヴェルディ
マスカーニ
プッチーニ

皆さん、
ロマン派時代に活躍していたイタリアの作曲家たちについて、
何か気が付きませんか。

そうです。
クラシック音楽史に名を残す、オペラ作曲の巨匠が並んでいます。
ロマン派時代のイタリアは、オペラの全盛期でした。

当時、イタリアで絶大な人気を誇っていたオペラ作曲家たちによって、
次々とオペラの傑作が生み出され、
それが、ヨーロッパ全体のオペラを牽引し、
イタリアオペラの黄金時代を築きあげました。

▼ロマン派時代に作曲されたイタリアオペラ: 名作の数々

ロッシーニ
『セビリアの理髪師』

ベッリーニ
『夢遊病の女』『ノルマ』『清教徒』

ドニゼッティ
『愛の妙薬』『ランメルモールのルチア』

ヴェルディ
『リゴレット』『イル・トロヴァトーレ』『椿姫』
『運命の力』『ドン・カルロ』『アイーダ』『オテロ』

マスカーニ
『カヴァレリア・ルスティカーナ』

プッチーニ
『トスカ』『蝶々夫人』『ジャンニ・スキッキ』『トゥーランドット』

これらオペラ作品の数々は、
現在に至ってもなお、世界中で上演されている名作ばかりです。        

         

🎼歌曲の創作に全てを捧げたトスティ

🎹イタリア歌曲の大家として

オペラが全盛期だったロマン派時代のイタリア。

当時、イタリアの作曲家たちは、
こぞってオペラの創作に専念し、名声を得ていく中で、
トスティは、1曲もオペラを創作しませんでした。

トスティは創作の情熱の全てを、
オペラではなく【歌曲】に傾け、

300曲以上にもおよぶ【歌曲】を生み出し、

〈イタリア歌曲の大家〉

として、クラシック音楽史に名を残しました。

トスティは、
オペラ全盛期のイタリアで、
なぜ、唯一ひとり、歌曲作曲家としての道を選んだのでしょうか。        

そのわけを知る前に、
【歌曲】とは何か 、確認しておきましょう。

        

🎼【歌曲】とは何か ~【クラシック歌曲】の本質

クラシック音楽における【歌曲】とは、

《 文学的な詩に曲を付け、詩の内容をさらに深く表現することで、
詩と音楽が融合し、
より一層高度な芸術作品に高められた独唱曲

のことです。

歌曲】は、
詩に綴られた意味を、音楽で表現することで、

より深い精神性と、
芸術的な価値が生み出された作品

なのです。
人は、芸術的価値あるものに触れると、
心が満たされ、豊かさを感じます。
 

【クラシックロマン派歌曲】の本質 とは

文学と音楽、それぞれの芸術を、
高い技術で融合し、調和することで生まれた深い精神性を表す歌曲。

芸術性価値が高く、人々の心を豊かに彩る芸術作品

 と言えるでしょう。          

       

🎹トスティの才能:繊細で豊かな感性と洗練された曲作り

トスティは、自身の才能を的確に認識していました。

その才能を最大限に引き出し、生かすためには、
歌曲】が最適だと自ら見極め、
生涯、【歌曲】の創作に専念しました。

それは、
イタリアオペラの全盛期にあってもゆるぎない信念でした。

トスティの才能とは、

〈 詩からわきあがる精神性を深く理解し、
音楽として表現することに長けていたこと〉

でした。

ロマン派文学の特徴である

〈 精神の内面性・自然界の神秘性・創造性(夢・幻想)宇宙の無限性・永遠性 〉

など、詩で表現されている繊細で自由な精神性を、
トスティは高い感度で感じ取りました。

そして、
詩が放つロマン派文学特有の精神性を、
【歌曲】として、
優美なメロディや、ピアノ伴奏と調和のとれたハーモニーで表現しました。

ロマン派文学の詩に、
新たに息を吹き込まれて生み出されたトスティの【歌曲】は、
優雅で気品にあふれた名曲ばかりです。

トスティの豊かな感性と、洗練された曲作りの才能は、
華やかで壮大なスケールのオペラよりも、

〈 1編の詩だけで精神性を表現する歌曲 〉

で、大いに花開きました。         

         

🎼イタリア民謡から【イタリア歌曲】へ

ロマン派時代のイタリアは、
オペラの絶頂期にあった一方で、

同じヨーロッパの他の国々、オーストリアやドイツなどでは、
多くの作曲家たちが、

《 詩と音楽との融合 》からなる、
芸術的価値の高い歌曲】を作り出していました。

洗練された【芸術作品としての歌曲】の数々は、
時代を超越した価値をもって、人々の心に響き、
現在も、世界中で歌われ続けています。

▼【歌曲】を数多く作曲したロマン派の主な作曲家

シューベルト(オーストリア)
『アヴェマリア』『野ばら』『魔王』
歌曲集『美しき水車小屋の娘』『冬の旅』

シューマン(ドイツ)
歌曲集『リーダークライス』『ミルテの花』『女の愛と生涯』『詩人の恋』

ブラームス(ドイツ)
『子守歌』『ナイチンゲールの寄せて』『眠りの精』

メンデルスゾーン(ドイツ)
『歌の巽に』『ヒバリの歌』

R.シュトラウス(ドイツ)
『4つの最後の歌』『夜』

フォーレ(フランス)
『夢の後に』『シシリエンヌ』


         


トスティが、
イタリアで唯一、【歌曲作曲家】としての道を選んだことが、

【高度な芸術作品としてのイタリア歌曲】

を誕生させ、
イタリアのクラシック歌曲の発展に大きく貢献しました。

         

🎼大人気!トスティの【サロン風芸術歌曲】

🎹イタリア王室そしてイギリス王室付き声楽教師としての地位

1870年代初め、
トスティの美しい歌曲が評価され始めた頃、
テノール歌手として、サロンでの演奏活動もしていたトスティは、
イタリア王室付きの声楽教師に任命されたことで、
社会的な地位を得ました。

1880年、
トスティは、イタリア王室の声楽教師に加えて、
イギリス王室付きの声楽教師に就任し、
ロンドンに移住、両国の王室の教師を兼任しました。

1906年、
イギリスに帰化。

1908年、
イギリス王室での功績などから、
準男爵(ナイト)の称号を授けられ、
サー・フランチェスコ・パオロ・トスティとなりました。
※1912年、イタリアへ戻り、1916年になくなりました。
          

🎹上流階級の社交サロンで大人気

イタリア、イギリス両王室からの人望が厚かったトスティは、
上流階級の社交界で大人気の作曲家でした。

トスティの【歌曲】から香りたつ、
甘美で繊細な音楽は、気品に満ち、
〈 上流階級の社交界特有の雰囲気 〉に、ピッタリと合っていたのです。

貴族や裕福な市民の邸宅〈サロン〉に集う人々が、
濃密で知的な交流の場で催す演奏会には、
くつろいだ気分で、
気持ちの良いひとときを過ごすための音楽が求められました。

芸術的価値が高く、洗練されたトスティの【歌曲】は、
シンプルな清々しさで親しみやすく、 
優雅で心地良い音楽を奏でます。

《 詩と音楽との融合 》で表現される、
繊細な情感や、歌とピアノ伴奏との息づかいの一体感などを、
演奏者のごく近くで、肌で感じることができる
のも、
〈サロン〉ならではの豊かな体験として、大きな魅力がありました。

オペラが劇場型のエンターテインメントとして絶大な人気を誇った
ロマン派時代のイタリアで、

トスティは、独自の音楽制作に情熱を傾け、         

ロマン派時代に特徴的な【サロン風芸術歌曲】として、
高い芸術性と社交性を兼ね備えたスタイルを確立しました。

       

🎼トスティの名作を〈宝石のソプラノ〉樋本 栄の歌唱でお届けします!

トスティの優美なメロディーと、
調和のとれた心地良いハーモニーを、お聴きください。

〈宝石のソプラノ〉と称えられた声楽家、樋本 栄の歌唱でお届けします。

🎹 曲目解説

♬①「Ideale(理想の人)」1882年作曲
詩:カルメロ・エッリーコ
(要

今は去ってしまった愛しい人を想うとき、
ひとりの孤独な部屋が、
あなたの輝きに満たされた。

愛しい理想の人よ、どうか、戻ってきて、
また私に微笑みかけておくれ。

甘美な歌のメロディに、
始まりから終わりまで繰り返される3連符で揺れ動くピアノ伴奏が、見事に調和し、
うっとりとした心地良さを奏でます。

彼にとって、
神々しいほどに輝いている【 Ideale(理想の人)】への
あふれ出る情熱と、

その輝きには、
もう手が届かないとわかっていながらも、僅かな望みを抱き、
【 Ideale(理想の人)】に、静かに語りかけるようにして曲を結びます。
      

♬②「Dopo!(あとでは!)」1877年作曲
詩:マルティーニ・フェルナンド
(要

ある日あの人が来て、
私の頭に宝石を飾り、真珠とエメラルドで包んでくれた。
私は夜の女王のようだったのに、
日が昇ると捨てられてしまった。

偶然、あの人に会ったとき、
私の真珠を身につけた別の女が傍らにいたけれど、
明日は私と同じ運命でしょう。

私は、捨てられる前の、
自分が積んだ野の花の髪飾りや、
粗末な珊瑚の首飾りが懐かしい。
今はもう、
誰にも羨んでもらえないことが嘆かわしい。

〈後悔〉の気持ちを歌うこの曲は、
愚かだった自分自身へ向けての内省を表現します。

歌は、始まりから2/3ほどは、
同じか、ごく近くの音程が長く続き、
静かに語っているようなメロディです。
一転、残り1/3の部分は、
高音域のメロディを、アクセントを付けながら、
激しい情感を吐露するように歌います。

終始1拍3分割 (3連符)の優しく揺れるピアノ伴奏に対し、
ほぼ全てが1拍2分割(僅かに3連符あり)の歌とが合わさることで、
魅惑的で幻想的なイメージと、高揚感を心地良く生み出しています。
       

♬③「Sogno(夢)」1886年作曲
詩:ロレンツォ・ステッケッティ
(要訳)
私は、あなたが跪(ひざまず)き、
愛の眼差しで私を見つめている夢を見た。

私は黙って、あなたへの欲望と戦い、
死ぬほどの苦しみを感じた。
ようやく断ることができたが、
あなたの唇が触れたとき、
心は私を裏切って、あなたに手を差し伸べた。


しかしそれは夢だった。
美しい夢は消えた。

夢の中での、恋人との愛のやり取りを描いています。
甘くロマンティックなメロディが、
苦しみも切なさも、恋人たちには全てが甘い喜びのように、
心地良く表現されています。

6/8拍子のなめらかで軽やかなピアノ伴奏と相まって、
浮き立つような心情を表現するハーモニーとなり、
うっとりとした夢の世界へ惹き込みます。
      

トスティ作曲
① 「Ideale(理想の人)」②「Dopo!(あとでは!)」
ソプラノ / 樋本 栄
トスティ作曲
③「Sogno(夢)」
ソプラノ / 樋本 栄

         

樋本 栄 : ソプラノ歌手  関西の西洋音楽普及に貢献
樋本 栄
1928(昭和3)- 2019(令和1)年
ソプラノ歌手・声楽教師

大阪府出身
東京音楽学校(現東京藝術大学)卒、同校研究科修了。

関西歌劇団に所属し、長年に渡りプリマドンナとして活躍した。
オラトリオ、「第九」などのソロ出演やリサイタル開催多数。
天性の美声は〈宝石のソプラノ〉と称えられた。

日本、特に関西での西洋音楽の普及に貢献した。
大阪音楽大学声楽教授、大学院オペラ研究室主任教授として、後進の指導に尽力した。
それらの功績により、勲三等瑞宝章を授与、他受賞・表彰多数。

夫は、関西歌劇団創設者のひとり、故関西芸術文化協会名誉会長野口幸助。

樋本 栄は、私の実伯母(母の実姉)です。
私は、伯母の勧めで声楽を学び始め、大阪音楽大学声楽科で伯母に師事。

伯母は、
いつも朗らかで、情愛にあふれた大きな心を持った人でした。

伯母は、他界しましたが、
透明なまでに澄んだ歌声と眼差し、明るく力強い笑顔と言葉は、
いつまでも私の心のともしびであり続けています。

樋本栄 略歴
【学歴・師事】
1950年
東京音楽学校本科声楽科(現東京芸術大学)卒業
1952年
同校研究科修了
声楽を木下保、四家文子、ピアノを井口基成の各氏に師事
1959年
渡欧し約2年間を田中路子女史宅に寄宿。
田中路子、マリア・イヴォーギュン両氏に師事

【職歴】
1952年 
大阪音楽大学講師 後、助教授、教授に就任
1996年
大学院オペラ研究室主任教授 退職後、名誉教授
1961年
関西歌劇団理事 後、名誉劇団員
1973年
日本シューベルト協会常任理事 後、名誉会員
1991年
関西芸術文化協会評議員

【演奏歴】
リサイタル・ジョイントリサイタル / 開催55回
オペラ・創作オペラ主役 / 40演目・出演124回
オーケストラとの共演
・オラトリオの独唱 / 出演51回
・「第九」交響曲の独唱 / 出演110回
・その他の作品 / 出演125回
内外におけるコンサート、テレビ、ラジオ出演 / 250回

【レコード・CD録音】
トスティ歌曲集(東芝EMI)
(以下、ソリスト)
ヘンデル オラトリオ「メサイア」(東芝EMI)
ハイドン オラトリオ「四季」(ビクター)
ベートーヴェン 交響曲 第9番(日本コロンビア)
ベートーヴェン ミサ曲 ハ長調(テイチク)
ベートーヴェン「荘厳ミサ曲」(ビクター)
シューベルト ミサ曲 第5番(ビクター)
グノー 「荘厳ミサ曲」
ブラームス「レクイエム」(テイチク)
ヴェルディ「レクイエム」(ビクター)
マーラー 交響曲 第2番「復活」(東芝EMI)
マーラー 交響曲 第8番「千人の交響曲」(ビクター)
ブルックナー ミサ曲 第3番(ビクター)
貴志康一「作品集」
服部良一「おおさかカンタータ」(ビクター)
宮城道雄「千鳥の曲」(ソニー)

【表彰・受賞歴】
1954年 大阪市民文化祭奨励賞(第1回リサイタル)
1956年 毎日音楽特別賞(オペラ「白狐の湯」の少年角太郎役)
1957年 NJBリサイタル賞(第10回NJBリサイタル)
1958年 大阪市民文化祭芸術奨励賞(第4回リサイタル)
1959年 大阪府芸術祭賞奨励賞(オペラ「ラ・ボエーム」ミミ役)
1971年 大阪文化祭金賞(オペラ「オテロ」デズデモナ役)
1974年 音楽クリティッククラブ賞特別賞
1980年 大阪府民劇場賞(オペラ「アイーダ」アイーダ役)
1983年 大阪文化祭賞(オペラ「お蝶夫人」お蝶夫人役)
1995年 文化庁長官表彰
1998年 勲三等瑞宝章

             

🎼トスティの名作をご一緒に歌いませんか

〈イタリア歌曲の大家〉トスティ作曲の、
洗練された優美な【歌曲】を歌ってみませんか。

当教室で、
文学と音楽の融和が織りなす高い芸術性を有する歌曲を歌って、
心地良く豊かな時間を、ご一緒に過ごしましょう!
         

今回のコラムにお付き合いいただきありがとうございました。
次回のコラム『ちいさな感動おおきな感動』も
よろしくお願いいたします。

梅谷音楽学院 講師 IKUKO KUBO (^^♪

大阪府吹田市千里丘の音楽教室です。 幼児(3歳)からシニアの方まで、随時ご入会を受け付けています。 現在、個人レッスンによる「ピアノ」「声楽」「チェロ」「ソルフェージュ(視唱、聴音、楽典など)」の4科目を開講しており、初心者、経験者、趣味で楽しみたい方、また音楽大学・音楽高校を目指したい方など様々な生徒さんが在籍されています。 ご一緒に音楽を学び、楽しみませんか。
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