イタリア古典歌曲の代表作、
『ああ私の優しい熱情が(o del mio dolce ardor)』は、
声楽の基礎的な技術と感情表現を、
効果的に、まとめて学べる秀逸な歌曲として、広く世界でレッスンされています。
愛する人への思いを、甘く、そして情熱的に歌う
『ああ私の優しい熱情が(o del mio dolce ardor)』は、
レッスン曲としてだけではなく、
声楽家がリサイタルに選ぶ曲としても、大変な人気があり、
ホセ・カレーラス(テノール)、
ルチアーノ・パヴァロッティ(テノール)、
エリザベート・シュヴァルツコップ(ソプラノ)など、
多くの世界的歌手が愛唱していたことで知られています。
イタリア古典歌曲の名曲、
『ああ私の優しい熱情が(o del mio dolce ardor)』が、
作曲された背景や、曲の特徴を学び、より表現豊かに歌いましょう。
🎼古典アリアで声楽の基礎を習得
『ああ私の優しい熱情が』は、
クラシック音楽の古典派時代(1750-1820年頃)に作曲された、
オペラのアリア( ソロで歌う歌曲 )です。
オペラのアリアといえば、
ロマン派時代( 1820-1900年頃 )に黄金期を迎えたイタリアオペラなどの、
壮麗で華やかなアリアが有名ですが、
ロマン派オペラの、
ドラマティックで劇的なアリアを歌い上げるためには、
高度な技術力、表現力が必要です。
まず、クラシック声楽の第一歩として、
歌唱技術と感情表現の基礎をしっかりと身につけるために、
イタリア古典歌曲を学ぶことが一般的です。
イタリア古典歌曲は、
形式に基づいたシンプルな構成でわかりやすく、
演奏時間も短いため、声楽の基礎を学ぶことに適しています。
できるだけ多くの曲を、丁寧に練習し、
しっかりとした基礎を身につけましょう。
日本では、次の楽譜が広く使われています。
▼「イタリア歌曲集」全音楽譜出版社
▼「イタリア古典声楽曲集」教育芸術社
アレッサンドロ・パリゾッティ(音楽学者 イタリア)が、
バロック、古典時代のオペラやカンタータのアリアをまとめて、
19世紀に出版された「古典アリア集」を基本として、編集されたテキスト。
🎹古典歌曲で習得する声楽の基礎
古典歌曲で習得する声楽の基礎は、主に、次の①~⑥です。
①正しい姿勢
②呼吸法
③発声法
④発音の仕方
⑤歌唱技術(フレーズの歌い方、アクセントの付け方、声量の調節など)
⇩
⑥感情表現につなげる
🎼『ああ私の優しい熱情が』は《 愛情表現力 》の習得に最適な歌曲
『ああ私の優しい熱情が』は、
【 声楽の基礎⑥感情表現 】の中で、特に、
〈 声楽に欠かせない表現力 〉を、身につけるための最適な歌曲です。
🎹歌曲の多くは《 愛を歌う曲 》
〈 声楽に欠かせない表現力 〉とは、
ずばり、《 愛情表現力 》です。
歌曲の多くは、《 愛を歌う曲 》なのです。
一言で表せば《 愛 》ですが、
愛には実に様々な《 愛の形 》があるため、
《 愛情表現 》は、ひとつとして同じではない、と言えるでしょう。
〈 声楽に欠かせない表現《 愛情表現力 》 〉を養うために、
曲それぞれの《 愛の形 》を読み取る力
と、読み取ったことを歌にのせて表現する力を付けていきましょう。
🎹『ああ私の優しい熱情が』の愛情表現は
『ああ私の優しい熱情が』は、《 熱情的な愛情 》を歌うアリアです。
ですが、
〈熱情的に〉愛を表現するのは、ほんのわずかな部分だけで、
全体的には、まるで対照的に〈優しく柔らかく〉表現します。
※そのわけについては、後ほど、詳しい歌い方解説と一緒に述べていきます。
『ああ私の優しい熱情が』は、
①《 対照的なふたつの愛情表現 》を1つの曲で表現すること。
②なぜ、《 二通りの愛情表現がされているのか 》を理解すること。
を学ぶことで、
声楽の基本ともいえる《 愛情表現力 》を、効果的に習得できる最適な歌曲です。
🎼『ああ私の優しい熱情が』作曲者:グルック
イタリア古典オペラのアリア『ああ私の優しい熱情が』の作曲者は、
クリストフ・ヴィリバルト・グルック(1714-1787年 ドイツ)です。
グルックは、
ヘンデル、ヴィヴァルディなどが発展させたバロックオペラから、
古典派オペラへの改革を主導したことから、
クラシックオペラの歴史上、
重要な役割を果たした作曲家として、評価されています。
🎼グルックの〖 オペラ改革 〗とは
グルックは、
バロックから古典派へとクラシック音楽の時代が移りゆく頃に、
〖 オペラ改革 〗を主導しました。(1761-1779年頃)
〖 改革 〗の名の通り、
グルックは、バロックオペラのあり方を見直し、
オペラそのものを大きく作り変えました。
〖グルックの オペラ改革 〗とは、
どのような改革だったのでしょうか。
🎹バロックオペラの特徴:豪華絢爛
まず、バロックオペラの特徴からみていきましょう。
1600年頃、
イタリア フィレンツェで誕生したバロックオペラは、
絶対王政の時代と重なり、王族・貴族のための音楽でした。
オペラも、
富と権力を誇示するための、ひとつの手段となっていくにつれ、
次第に、派手で大がかりな舞台演出と、
当時、絶大な人気を誇ったカストラートたちの、
美声と超絶技巧を披露するためのステージとなっていったのです。
▼カストラートとは
少年時に去勢し、変声せずにソプラノ・アルトの音域を出せるようにした男性歌手。
大人の肺活量で、美しく力強い魅惑的なソプラノ・アルトを歌うことができました。
バロックオペラの全盛期(1650-1750年頃)に大活躍しました。
カストラートたちは、
声を出来る限り美しく響かせるため、
自分本位に曲の調子(キー)を変え、
メロディも、即興的に独自に作り変えて歌い、
より劇的で華麗な印象を与えようとしていたのです。
しかも、
超絶技巧のアリアを出来るだけ長く披露しようとしていたため、
オペラそのものの話の流れは中断し、
筋も不自然で、つじつまが合わないものになっていきました。
バロック後期のオペラは、
オペラ作品としての音楽、台本(物語・歌詞)は軽んじられ、
《 スター歌手と舞台美術(装置・衣装)が、
いかに豪華絢爛なショーを披露するか 》
が重要だったのです。
🎹古典派オペラの特徴:自然な調和
グルックは、
《 音楽は、詩に表現を与え、それを強めるものである 》
と述べています。
バロックオペラで複雑になった音楽・過度な装飾をなくし、
《 台本(物語・歌詞)・音楽・演出がバランス良く融合 》され、
《 自然でシンプルでありながら全てが美しく調和する 》
【総合芸術作品としてのオペラ】創作に取り組みました。
〖グルックの オペラ改革 〗によって、
古典派オペラは、
筋が通った興味深い物語
魅力的で親しみやすい登場人物
わかりやすい音楽形式
シンプルなメロディ
均整の取れたハーモニー
それぞれが結びつき、
登場人物の心情を、より深く豊かに伝えるオペラへと変わったのです。
また、アリア(独唱曲)以外の歌唱や、
オーケストラの役割も、飛躍的に大きくなりました。
アリア(独唱曲)に重点が偏っていた。
⇩
重唱曲(二重唱、三重唱など)が、
登場人物同士の感情のやり取りや、物語の展開を伝えるための、
欠かせない要素となりました。
歌唱の付属的役割でしかなかった。
⇩
登場人物の心情の表現に深みを与え、
オペラの世界観を強める重要な役割を担うようになりました。
グルックの〖 オペラ改革 〗は、
古典オペラの完成形と言われる、
モーツァルトのオペラへと、受け継がれていくことになります。
🎼『ああ私の優しい熱情が』はオペラ『パーリデとエーレナ』のアリア
『ああ私の優しい熱情が』は、
グルックが、〖 オペラ改革 〗で作曲した、
『パーリデとエーレナ』(1770年)の中のアリアです。
主人公のトロイア(トルコ)王子パーリデが、
スパルタ(ギリシャ)の王の妻エーレナを求める切ない心情を、
甘く、そして情熱的に歌いあげます。
今なお、
世界中の声楽家たちにも愛唱されている、イタリア古典歌曲の代表曲であり、
特に人気の高いアリアです。
声楽初心者にとっても、レッスンで意欲的に取り組めるでしょう。
🎼『ああ私の優しい熱情が』曲の特徴&歌い方
曲の内容を確認して、
〈 声楽に欠かせない《 愛情表現力 》 〉を深めていきましょう。
🎹タイトル【優しい熱情】とは
タイトルの【優しい熱情】とは、
具体的にどのような熱情だと考えられるでしょうか。
【熱情〈燃えるような激しい熱意〉】とは対照的な意味合いの、
【優しい】が付いているのは、不思議に思われます。
パーリデの心情を歌唱で表現するためには、
〈【優しい熱情】が、どのような心境であるのか 〉を考え、理解することが大切です。
原語のイタリア語の意味を確認してみましょう。
【dolce(優しい) 】には、
他に〈甘い、柔らかい〉の意味もあります。
トロイア王子パーリデの心の中は、
愛する人を強く求めて激しく燃えていますが、
その熱情を、愛するエーレナに激しくぶつけるのではなく、
【ぶつけたい気持ちを律して、
エーレナの心に優しく甘く柔らかく響くように、訴えかけている】
のですね。
《 自分の思いをむき出しにしない上品さと思いやりがある 》ことがわかります。
激しく燃える恋心を、
優雅に柔らかい表現をベースにして表現しましょう。
その上で、
抑えきれない愛情があふれる表現も加えて、熱情を表現しましょう。
🎹『ああ私の優しい熱情が』日本語訳詞
『ああ私の優しい熱情が』の日本語訳詞を読んで、
王子パーリデの心境を感じてみましょう。
物語の第一幕、王子パーリデが、
エーレナに会えることの喜びが高まっている場面で歌われます。
『ああ私の優しい熱情が』日本語訳詞
原詩作詞:ラニエーリ・デ・カルツァビージ
O del mio dolce ardor
bramato oggetto,
ああ、私が優しい熱情で求める人よ、
l’aura che tu respiri,
あなたが呼吸する空気を
alfin respiro.
私はついに呼吸できるのだ。
Ovunque il guardo io giro
私がどこに視線を向けても
le tue vaghe sembianze
愛は あなたの麗しい姿を
amore in me dipinge:
私の中に描き出す。
il mio pensier si finge
私の思いは
le più liete speranze;
この上なく喜ばしい希望を創り出す。
e nel desio che così m’empie il petto
そして私の胸を満たす心からの願いの中で、
cerco te, chiamo te,
あなたを探し求め、呼び、
spero e sospiro.
希望を抱き ため息をつく。
王子パーリデの高揚感や、恋焦がれる様子が、情熱的に表現されています。
🎹『ああ私の優しい熱情が』曲の特徴&歌い方
♬ 曲の全体的な特徴
①音の跳躍が少なく、なめらかなメロディ
②音の強弱指定は p(小さく)の箇所が多い
⇩
〈 優しさ・上品さ・甘美さ・柔らかさ 〉がイメージされています。
♬A-B-A´の3部形式
曲の構成は、A-B-A´の3部形式です。
音の強弱・奏法・発想記号などから、王子パーリデの感情の動きをとらえ、
〈優しく柔らかく〉
〈激しく熱情的に〉
二通りの《 愛情表現 》を歌い、曲に奥深さと豊かさを出しましょう。
Aの部分
(ああ、私が優しい熱情で求める人よ~)
曲の歌い始めからしばらくp(小さく)が続きます。
⇩
優しくなめらかに語りかけるように歌いながら、
クレッシェンドやアクセントの箇所で、
気持ちを高めて、静かに燃える恋心を表現します。
(ついに呼吸できるのだ(あなたの呼吸している空気を))
初めて f(大きく)が出てきます。
前のフレーズから4拍休んだ後、
いきなり高いE(2点ホ)からつながる装飾音にかけて、
⇩
あふれ出る気持ちを歌い上げます。
f(大きく)はalfin(ついに)の一言だけで、
その後すぐ 、respiro(呼吸する)で p(小さく)に戻ります。
⇩
あふれ出た気持ちを抑えながら、
愛おしく切ない心情を表現してAを締めくくります。
Bの部分
(私がどこに視線を向けても~)
Bの始めからしばらく、
音の細かい動きがふえ、リズミカルになります。
基本的には p(小さく)が続きます。
⇩
愛する人を思うときの湧き立つ喜びを、
密やかにかみしめるように歌います。
(この上なく喜ばしい希望)
一気に f(大きく)までクレッシェンド(だんだん大きく)し、
⇩
愛する人への熱情があふれる様子を甘美に伝えます。
(あなたを探し求め、呼び、)
そしてまたすぐに、
p(小さく)までディミヌエンド(だんだん小さく)し、
続くcerco te,chiamo te,(あなたを探し求め、呼び、)も p(小さく)です。
⇩
あふれ出た熱情を再び抑えて、優しく愛おしげに訴えかけます。
(希望を抱き ため息をつく)
Bの終わりは、さらにPP(きわめて小さく)です。
⇩
切なく悩ましい心情を静かに品よく表現し、A´に続けます。
A´の部分
Aとほぼ同じ内容で繰り返します。
が、最後のフレーズの表現については、違いがあります。
(ついに呼吸できるのだ(あなたの呼吸している空気を))は、
Aでは、
respiro(呼吸する)で p(小さく)に戻り、
気持ちを抑えて柔らかく表現しましたが、
alfin(ついに)でアクセント( 特に強く )をつけ、
ディミヌエンド(だんだん小さく)とクレッシェンド(だんだん大きく)で
抑揚をつけながら、 f(大きく)を保ちます。
⇩
エレーナを求める高揚した気持ちを熱情的に歌いながら、
優しさと激しさで揺れ動く心情を表現し、
甘い余韻を残してまとめましょう。
〈 愛情表現 〉まとめ:王子パーリデの愛を効果的に表現する
《 燃えるような激しい愛 》を、
曲の大部分では、柔らかく品よくp(小さく)で表現し、
ところどころにある f(大きく)で、
熱情があふれるように、際立たせて表現することが、
絶えず f(大きく)で声高に、愛を訴えかけるよりも、
効果的に愛を印象付ける表現になります。
対照的な二通りの愛情表現で、
歌唱に豊かさと深みを出しましょう。
テノール / ホセ・カレーラス
🎼当教室で『ああ私の優しい熱情が』を歌ってみませんか
クラシック古典オペラの代表的なアリア、
『ああ私の優しい熱情が(o del mio dolce ardor)』を、
当教室で歌ってみませんか。
《 燃えるような愛情 》を、
優しく甘く、そして熱烈に歌って、ご一緒に豊かな時間を過ごしましょう。
今回のコラムにお付き合いいただきありがとうございました。
次回のコラム『ちいさな感動おおきな感動』も
よろしくお願いいたします。
梅谷音楽学院 講師 IKUKO KUBO (^^♪

