ヘンデルの『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』格調高い気品と親しみやすさを兼ねた名曲:歌のレッスン

音楽 ちいさな感動 おおきな感動

美しく深みのあるメロディが、
人々の心に感銘を与え、世界中で愛され歌われる、イタリア歌曲の名曲、
ヘンデルの『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』

一般的にも広く知られ、耳にしたことがある人も多いでしょう。
当音楽学院の声楽クラスでも、レッスンしています。

専門的に音楽大学の声楽科で学ぶ場合には、
新1年生全員が学ぶ、
「イタリア歌曲集」に収録されています。

前回のブログ記事では、

『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』の作曲者で、
クラシック音楽のバロック時代を代表する作曲家 、
ヘンデルがたどったグローバルな音楽人生と、
音楽的な特徴について
、みていきました。

※ご興味のある方は、前回のコラム
歌曲『ラルゴ(オンブラマイフ)』
ヘンデルのグローバル人生とエンターテイメントな楽曲:歌のレッスン
」を、
是非、ご覧ください。記事の終わりにリンクがあります。

今回はさらに、歌の表現を広げるために、
『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』が作曲された背景や、内容を解説します。
       

🎼曲名『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』について

一般的には、作曲者の名前を付けて、
『ヘンデルのラルゴ』として知られています。

〖ラルゴ〗とは、〖幅広く、ゆるやかに〗という意味です。
速度を表す音楽用語で、
とてもゆっくりとしたテンポで演奏します。
※メトロノーム記号で♩=40~50くらい

この曲の速度指定〖ラルゴ(Largo)〗が、
そのまま曲名として使われるようになりました。

また『オンブラ マイ フ』も、
一般的な曲名として、広く使われています。

〖Ombra mai fu(オンブラ マイ フ)〗は、
イタリア原語の歌詞の 最初の言葉で、
日本語に訳すと、
〖今までになかった日陰〗ですが、

邦題は、歌詞全体の内容から、
『愛しい木陰』『懐かしい木陰』と名付けられています。
          

🎼オペラ『クセルクセス(セルセ)』のアリア

『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』は、

ヘンデルがイギリスに渡り、
作曲家、音楽監督としての地位を築いてから十数年後の、
1738年に創作し、ロンドンで初演された、
オペラ『クセルクセス(セルセ)』の中で歌われる
アリア( オペラの中で、ソロで歌われる曲 )
です。

クセルクセス(セルセ)〗は、オペラの主人公、ペルシア大王の名前です。

オペラは序曲から始まり、
その後すぐに、
主人公のペルシア大王クセルクセス(セルセ)が登場し、
アリア『ラルゴ(オンブラマイフ)』を歌います。

幕開けの序曲の後、
いきなり主役が登場し、アリアを歌うことは、
オペラでは珍しい演出
です。

この演出は、ヘンデルが仕掛けた、
《オペラを堪能し、楽しむ》ためのものです。

ヘンデルは、
聴く人に喜んでもらうために、
《 クラシック音楽を、【エンターテイメントとしての音楽】
として人々に提供 しました。
※詳しくは前回のブログ記事をご覧ください。
記事の終わりにリンクがあります。

聴く人は、オペラの始まりとともに、
アリア『ラルゴ(オンブラマイフ)』の、
優美で神聖なメロディに酔いしれながら、
        
ワクワクした期待感と高揚感に包まれ、
ヘンデルの甘美なオペラの世界に引き込まれていくのです。
        

🎼ぺルシア王 クセルクセス(セルセ)の人物像

🎹イギリス文化の中心が貴族階級から庶民へと移り変わる

ヘンデルが活躍したバロック時代のオペラは、
格調高い【オペラ・セリア】形式で創作された、
王侯貴族が楽しむためのものでした。

【オペラ・セリア】とは

〖格調高く、整った形式〗
イタリア語の詩の形式や言葉に格調がある。
大衆的な言葉ではなく、詩として完成された台本を用いる。
真面目でシリアスな物語。

〖登場人物〗
古代の王や伝説的な英雄が主人公。
忠誠や忠義を重んじ、徳のある行いを理想とする。

実在したペルシア アケメネス朝の王、
クセルクセス1世(在位:紀元前486-465年)を主人公にした、
オペラ『クセルクセス(セルセ)』が創作された1738年頃は、

イギリス文化の中心が、
貴族階級から庶民に移り変わっていった時期でした。

庶民もオペラを観劇するようになり、
格式高い【オペラ・セリア】形式よりも、
世俗的な【オペラ・ブッファ】形式の作品が、好まれるようになっていきました。

▼【オペラ・ブッファ】とは

〖庶民的でコミカルな内容〗
横暴な主君をやり込める、
貴族の不正を暴く、などの内容を
明るくコミカルにえがき、庶民が親しみを抱くもの。

〖登場人物〗
一般的な庶民が主人公。
対する配役として王や貴族も登場するが、
滑稽で面白おかしく描かれる。

そこでヘンデルは、本来、【オペラ・セリア】形式では、
徳のある偉大な人物として描かれる王を、

浮気者で短気で思慮がなく、愚かな王に仕立て上げ、
王の家族や部下を巻き込んだ、
男女の愛と嫉妬の物語を、コミカルに繰り広げることで、
庶民にも親しめるように創作しました。

貴族文化が衰えた原因のひとつは、
当時のイギリス上流階級が、汚職やスキャンダルにまみれ、
政治腐敗が進み、経済が悪化したからでした。

オペラ『クセルクセス(セルセ)』には、
ヘンデル自身の、社会への批判が映されている、とも言われています。
       

🎼アリア『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』歌詞・日本語訳&単語の意味

《オペラを堪能し、楽しんでもらう》ために、
主人公の王が、物語の始まりからアリアを歌いあげるという、
聴く人にとって魅惑的な演出で始まる
オペラ『クセルクセス(セルセ)』。

聴く人を、
瞬く間にヘンデルのオペラの世界へ引き込むために作曲された、
アリア『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』は、
どのような内容なのでしょうか。

歌詞・日本語訳&単語の意味を確認しましょう。

♫ イタリア語原詩
ombra  mai fu 
di vegetabile,
cara ed amabile,  
soave piu

とても短い歌詞ですね。
文法的には、たった一文で表されています。

♫ 歌詞の日本語訳
こんなにも優しく
心地良く
愛すべき木陰は かつてなかった

内容もとてもシンプルなものです。

♫ 単語の意味

王の心情を豊かに伝えるために、
歌詞ひとつひとつの意味を確認し、丁寧に歌って表現しましょう。

ombra  日陰
mai 決して~ない
fu 三人称単数の過去形
di の
vegetabile 植物
caro 愛する
amabile 優しい 
soave 心地良い
piu より多く

         

🎼『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』レチタティーヴォ(叙唱)の日本語訳

アリア『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』の直前には、
〖レチタティーヴォ(叙唱)が歌われます。

レチタティーヴォ(叙唱)とは

オペラやオラトリオなどの作品の中で、
セリフを言うように歌う部分のこと。
リズムやアクセントを意識した朗読調で歌い、
物語の状況や展開を説明するために用いられる。

オペラの劇中ではなく、
『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』のみ歌曲として歌う際には、
レチタティーヴォ(叙唱)を付けずに、
アリア部分のみ歌う場合が一般的です。

アリアのみ歌う場合にも、
より深みのある表現をするために、
レチタティーヴォ(叙唱)の、歌詞の日本語訳を読んで確認し、
アリアの歌唱に活かしましょう。

♫〖 レチタティーヴォ(叙唱)〗 歌詞の日本語訳

※こちらではイタリア語原詩は省略します。

愛するプラタナスの 優しく美しき枝葉よ
お前たちのために 運命は輝いている
雷鳴よ 稲妻よ また嵐よ
乱すなかれ お前たちの尊き安らぎを
冒涜するなかれ 獰猛な南風よ

          

🎼【木陰 】へのあふれる愛のわけ

こんなにも優しく、
心地良く、
愛すべき木陰は かつてなかった

と、王クセルクセス(セルセ)は 歌います。

愛すべき木陰 】への思慕が、
歌になるほどあふれている わけは、何でしょうか。

王は、王宮の庭のプラタナスの下を歩いているときに、
ロミルダ(王クセルクセス(セルセ)配下の将軍の娘)に出会い、一目ぼれします。

愛する人を思うとき、
ふと気が付くと、自分を優しく穏やかに包んでくれている木陰。
木陰が、ロミルダへの愛を称賛してくれているかのように感じ、
喜びと幸せな気持ちが広がったのです。

愛すべき木陰 】には、

《木陰への感謝と慈しみ》を歌いながら、
《 ロミルダへの愛 》も表現
されています。

心地良く至福に浸(ひた)りながら
アリア『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』を歌う王でしたが、

権威のない王として描かれているクセルクセス(セルセ)は、
後に、ロミルダに、
「どんなに木に恋いこがれても、葉のざわめきしか返ってこないのに」
と、馬鹿にされてしまうのでした。
       
           

🎼『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』曲の特徴

オペラ『クセルクセス(セルセ)』は、
物語の内容や登場人物の設定は、コミカルに創られていますが、
曲は、クラシック音楽の格式高さを備えています。

『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』の曲の特徴を把握しましょう。
            

🎹特徴① シンプルさと高尚な奥深さとを兼ね備える

『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』は、

声楽の初心者には、
メロディ・リズムがシンプルで歌いやすく
美しいメロディを堪能しながら気持ちよく
歌唱の基礎練習ができます。

また、声楽を専門的に学びたい人には、
表現力を深めるための練習に最適です。
        

♫《木陰への愛》を表現するには

『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』は、
《木陰への愛》を歌います。

人間の
〖基本的感情(生まれつき備わっている)〗
とされる
【 喜び・悲しみ・怒り・不安・驚き・恐怖・嫌悪 】などは、
歌に気持ちをのせやすいですが、

《木陰への愛》は、

【心の安らぎ、親しみ、慈愛、称賛、自然崇拝、畏敬 、思慕、感謝 】

などを表し、

〖さまざまな社会的・文化的要因が合わさって作られる感情 〗

です。
このように、高尚で奥深い感情を歌うためには、
高い表現力が求められます。

さらには、
《木陰への愛》には《ロミルダへの愛》も含まれています。
《ロミルダへの愛》は、
歌詞として言葉で表現されていないため、
歌唱として伝えるためには、より繊細で深い表現力が必要です。

        

『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』は、

【メロディ・リズムのシンプルさ】と
【高尚な奥深さ】を

兼ね備えている楽曲として

クラシック音楽の歌曲の中でも、価値の高い曲です。
     

🎹特徴② 格調高い気品と親しみやすさとを兼ね備える

『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』は、

格調高く気品があり
厳かさと優美さにあふれたクラシック歌曲です。

一方、
クラシック音楽というと、
《 格調高く気品ある曲だから、敷居が高い、難しくて馴染めない 》
というイメージを抱く人も少なくありません。

ですが、『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』は、
穏やかで優しくシンプルな曲調が、
馴染みやすく、親しみやすく、誰の心にもすんなりと染みわたります。

『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』は、

【格調高い気品】と
親しみやす
】を兼ね備えた楽曲として

多くの声楽の専門家に愛され、好んで歌われ、
一般の人々にも親しまれ、
長く、広く世界中の人々を魅了し続けているのです。

           

🎼日本ではCMで大反響を呼ぶ

『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』は、
日本でも馴染み深く、一般的に広く知られていますが、

それは、
1986年、ニッカウヰスキーのCMに使われたことが、
きっかけと言えるでしょう。

このCMは、
芸術性の格調の高さから、
【最高傑作のCM】のひとつ、と言われています。

歌唱は、
グラミー賞を複数回受賞している
アメリカのソプラノ歌手、キャスリーン・バトルが、

グラミー賞

アメリカの音楽産業において、
優れた作品を創作したクリエイターの業績を称え、
音楽産業の復興・支援を目的とする賞として、1959年に創設された。

現在、世界で最も権威のある音楽賞のうちのひとつ。
キャスリーン・バトル
(1948年~ アメリカ)
ソプラノ歌手。
オペラ界のスターとして、また、黒人霊歌・ジャズでも天性の声を活かして活躍。
 
1977

メトロポリタン歌劇場デビュー
1984

黒人女性として初めて、 メトロポリタン歌劇場のプリマドンナに就任。
1987

ウィーンフィルのニューイヤーコンサートでカラヤンと共演

1988
グラミー賞
最優秀クラシック・ヴォーカル・ソロ賞
最優秀オペラ・レコーディング賞
1993 グラミー賞

最優秀クラシック・ヴォーカル・ソロ賞
1994 グラミー賞

最優秀オペラ・レコーディング賞 

          

演出・監督は、
クラシック音楽に見識が深い演出家、
実相寺昭雄(1937-2006年 映画監督・演出家・脚本家)が手がけ、

録音は、
「ビートルズスタジオ」として有名な、
ロンドンのアビーロードスタジオまで行き、収録しています。

実相寺昭雄1937-2006年) 
映画監督・演出家・脚本家・小説家

1966年 
円谷英二にドキュメント・ルポを行ったのが好評を得た縁で、
円谷プロへ。
『ウルトラマン』の演出で名を高める。

1970年
長編映画『無常』で、
ロカルノ国際映画祭グランプリ受賞。

1977-1983年
TV番組『オーケストラがやってきた』演出。

1981年
スペシャル番組『カラヤンとベルリンフィルの全て』演出。

以降、
『伝説のピアニスト ホロヴィッツのコンサート』
『ボクの音楽武者修行-小澤征爾の世界』など、
クラシック音楽番組の演出多数。

1985年~
小澤征爾、朝比奈隆による、
オペラ『フィガロの結婚』『カルメン』『魔笛』などの演出を多数手がけ、
両者と親交を深める。

小澤征爾指揮によるコンサート
『マーラー交響曲 復活』

『ヴェルディ レクイエム』

朝比奈隆指揮によるコンサート
『ベートーヴェン 荘厳ミサ曲』

『マーラー交響曲 大地の歌』
などの収録多数。

1995年
東京藝術大学

音楽学部の非常勤講師となる。

1997年
東京藝術大学

演奏藝術センター教授に就任。    

キャスリーン・バトルの歌は、
限りなく麗しく、そして眩く、豊かで気高く、

実相寺昭雄が創り出す、
緑の大地が広がる清々しい景色の映像とともに、

人々の心を陶酔へと いざないました。

CMは、
クラシック音楽に馴染みの少ない日本で、大反響を呼び、
リリースされたレコードは、
3ヶ月で25万枚を売り上げました。

当時の日本では、
クラシック音楽のレコードは、
1万枚売れれば大ヒットと言われていた中で、
驚異的な売り上げを記録し、

『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』のCMは、
キャスリーン・バトルブーム、そして、
ウイスキーブームを巻き起こしました。
        

ヘンデル作曲『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』
ソプラノ/ キャスリーン・バトル
演出 / 実相寺昭雄

               

🎼『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』のレッスンで至福の時を!

ヘンデルが、
《オペラを堪能し、楽しむ》ために創作・演出した
アリア『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』

《シンプルさと高尚な奥深さ》
《格調高い気品と親しみやすさと》を兼ね備えた
クラシック歌曲の中でも価値の高い名曲
を、

当教室でご一緒に歌って、至福の時を過ごしませんか。           
      

前回のコラムでは、

『ラルゴ(オンブラ マイ フ)』の作曲者で、
クラシック音楽のバロック時代を代表する作曲家 、
ヘンデルがたどったグローバルな音楽人生と、
音楽的な特徴について、みていきました。

ご興味のある方は、是非、ご覧ください。

        

🎼~音楽資料紹介~

🎹自筆ファクシミリ版:ヘンデル作曲 オペラ『ラダミスト』

ヘンデルについての貴重な資料がありますので、ご紹介させていただきます。
※前回のブログ記事でご紹介した資料と同じです。
既にご覧になっている場合は、ご容赦ください。

自筆ファクシミリ版
ヘンデル作曲 オペラ『ラダミスト』より
アリア『Alzo al volo di mia fama』

ヘンデル没後200年記念出版
出版:1959年 ドイツ・ライプツィヒ音楽出版社

表紙

梅谷音楽学院~展示資料より

▼ファクシミリ版とは

歴史的価値を持つ自筆譜や初版楽譜などを、
正確・忠実に複写・複製して再現し、出版された版。
ヘンデル作曲 オペラ『ラダミスト』より
アリア「Alzo al volo di mia fama」

指揮 / アラン・カーティス
オーケストラ / イル・コンプレッソ・バロッコ
テノール / ザカリー・ステインズ
♫ オペラ『ラダミスト』について

ヘンデルが音楽監督を務めていた、
イギリス ロンドンの王立音楽アカデミーの、
公演のために作曲した最初のオペラです。

1720年に初演され、大成功を収めました。
その成功が、後の『ジュリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザー)』などの創作・公演事業につながった、重要な作品です。
         

今回のコラムにお付き合いいただきありがとうございました。
次回のコラム『ちいさな感動おおきな感動』も
よろしくお願いいたします。

梅谷音楽学院 講師 IKUKO KUBO (^^♪

大阪府吹田市千里丘の音楽教室です。 幼児(3歳)からシニアの方まで、随時ご入会を受け付けています。 現在、個人レッスンによる「ピアノ」「声楽」「チェロ」「ソルフェージュ(視唱、聴音、楽典など)」の4科目を開講しており、初心者、経験者、趣味で楽しみたい方、また音楽大学・音楽高校を目指したい方など様々な生徒さんが在籍されています。 ご一緒に音楽を学び、楽しみませんか。
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