「我が心の歌」〜人生を辿る8曲の自作作品!~
私には、これまでの人生の折々に作曲した、自作の楽曲があります。
独唱曲、合唱曲、器楽曲の合わせて8曲で、
各曲は約1分から5分の小さな作品です。
本来、本格的な作曲に必要な
和声楽や楽式論などの高度な知識を用いた曲ではありませんが、
音楽大学の授業で学んだ作曲の基礎の上に、
私の専門であるチェロや、ピアノの演奏、合唱指導・指揮などの経験を生かし、
持ち前の情熱で作り上げた作品です。
音楽に携わって歩んできた人生の中で、
情感がほとばしった瞬間、
思わずメロディがあふれ出していた、というのが正直なところです。
そこで、
本棚にしまい込んでいたこれらの作品を、
ひとつの形にまとめ、
「自作曲集」として作成してみたいとの思いに至りました。
時間を見つけてはパソコンに向かい、
楽譜の作成ソフトに音を打ち込んでいきます。
今の時代は、このソフトがあれば、
家庭で市販の楽譜と同等のものが作れる便利な時代になりました。
しかも、打ち込んだ音を、色々な楽器の音で再現することも出来るのです。
地道な作業ではありましたが、
まるで人生の足跡を辿るかのようでもあり、どの作品にも深い感慨を覚えます。
作品数は僅かながら8曲、それぞれ小さな作品ですが、
私には「我が心の歌」として、誠に愛おしく思えるのです。
こうして出来上がった「自作曲集」の作品を、
当音楽教室ホームページのブログ記事にて、ご紹介させていただきます。
毎回、自作曲を1曲ずつ、
演奏(PCでの再現音)に解説を添えて、お届けする予定です。
作詞・作曲:梅谷邦彦
第7回(最終回)のご紹介は、
2020年10月作曲、混声合唱曲「ありがとう そして さようなら」です。
【作曲ノート】
2021年6月27日、「吹田混声合唱団」は解散式をもって、
38年有余にわたる活動を終えました。
1982年の発足当初から、
私が指揮、妻がピアノ伴奏を務め、合唱指導に当たってきましたが、
私共が引退を決意したことに伴い、共に歩んできた合唱団も解散に至りました。
「ありがとう そして さようなら」は、
合唱団として開催する最後の演奏会のために、私が作曲した混声合唱曲です。
私ども合唱団は、最後の演奏会を〈ファイナル・コンサート〉と銘打ち、
毎年の開催で慣れ親しんできた吹田市文化会館〈メイシアター〉大ホールにて、
最後の演奏の舞台に臨むことになりました。
〈ファイナル・コンサート〉には、
長きにわたり応援して下さった観客の皆様をご招待し、
心より楽しんでいただけるようにと、プログラムの選曲を進めました。
演奏会の最終曲は、私ども合唱団から皆様へのメッセージとなる曲をと、
考え尽くしたのですが、なかなか選曲には及ず、思い悩んだ末、ふと、
「たとえ拙くとも、苦楽を分かち合ってきたメンバーへの、私の思いを曲にしてみよう!」と、考えついたのです。
長い歳月、合唱団と共に歩んだ熱い思い、
さらに、ご支援下さった皆様に心からの感謝とお別れを形にして伝えたい、
その一念が筆を動かしたのでしょう。
ピアノに向かうと、不思議にも歌詞とメロディが即座に浮かんできました。
こうして出来上がったのが、今回ご紹介する自作曲、
混声合唱曲「ありがとう そして さようなら」です。
気持ちも新たに、フィナーレに向けて練習に取り組んでいましたが、
有終の美を飾るはずだった〈ファイナル・コンサート〉は開催中止、
私共の思いは届けられないままとなってしまうのです。
それは、世界を震撼させた新型コロナの流行のためでした。
2019年の末から流行が始まり、
2020年4月、日本でも緊急事態宣言が発令され、
合唱団の活動も一時休止せざるを得ず、開催日程を1度は延期。
その後、一縷の望みをもって、
あらためて開催を2021年5月8日とし、活動を再開したものの、
流行はなかなか収束の気配を見せず、演奏活動は、ままならない状況にありました。
その後、緊急事態宣言が繰り返され、コロナ禍の確たる終わりが見えない中、
ついには演奏会の中止、前述の通り、合唱団の解散という苦渋の決断に至ったのです。
集大成となるはずだった〈ファイナル・コンサート〉のプログラムには、
これまでの定期演奏会で初演し成功を収めた、
合唱団にとってかけがえのない作品を選び、
メンバー一丸となって練習に励んでいただけに、
あれから4年以上の歳月が流れた今も、無念な気持ちが蘇ります。
それが、思いがけず、
演奏会の最終曲にと自作した混声合唱曲「ありがとう そして さようなら」を、
ブログ記事として公開する機会を得たことは、何と幸いなことでしょうか。
これでようやく、皆様に感謝の気持ちを、
多少なりとも目に見える形でお伝えすることができ、
胸のつかえが取れたように思います。
自作曲のご紹介の前に、
吹田混声合唱団の歴史の一頁一頁から、主な実績を振り返ってみます。
その当時、吹田市音楽連盟の会長であった私は、
「吹田にも混声合唱団を創り、地域文化を盛り上げたい!」
との思いから、吹田市で初となる混声合唱団を立ち上げたのが、
つい、この間のように思い出されます。
我々吹田市民の文化芸術発信の場である、
吹田市文化会館〈メイシアター〉を拠点として、
活動を続けた吹田混声合唱団の38年6ヵ月は、
到底、一言では語り尽くせるものではありません。
ですが、総じては、アマチュア合唱団として実に精力的な活動の歴史を築いてきたと、
自負しております。
合唱を通して、豊かな心の輪が広く社会につながるようにと願い、
常に高い目標を掲げ、様々なことに取り組んでまいりました。
【吹田混声合唱団:主な実績】
第1回:吹田市民会館
第2回~第30回:〈メイシアター〉大ホール
♢委嘱作品の初演(全7曲)
第8回
混声合唱組曲「いのちの微笑み」※
作詞:中村 栄 作曲:金光威和雄
第10回
アイヌ伝説による合唱組曲「摩周湖の雨」
作詞:市川祐三 作曲:斎藤英美
第12回
混声合唱組曲「おおさか風土記」※
作詩:島田陽子 作曲:岩河三郎
第15回
混声合唱組曲「生命・はるかなる旅」※
作詩:島田陽子 作曲:岩河三郎
第17回
混声合唱曲集「空とぶうさぎ」※
ボニージャックス「車椅子のおしゃべり」より
編曲:西脇久夫
第20回
混声合唱組曲「近松恋物語」※
作詩:島田陽子 作曲:岩河三郎
第24回
混声合唱のための「アルルの女(全4曲)」
原曲:G.ビゼー 編曲:梅谷邦彦
※委嘱作品中、※印の5曲は、出版社により出版され全国で販売される。
※作詞、作詩の表記は、出版の楽譜に沿って記載
♢復興チャリティーとしての開催
第13回
「阪神淡路大震災・復興への祈り」
※神戸の小、中学生と保護者の皆様をご招待し、収益金を神戸の教育復興基金に寄贈する。
第24回
「東日本大震災・祈りとエールをこめて」
※日本赤十字社に収益金を寄贈する。
♢オーケストラとの共演
第2回
「レクイエム」作曲:フォーレ
アル・フィーネ室内合奏団
第7回
「レクイエム」作曲:モーツァルト
「モーツァルト没後200年記念コンサート」より
大阪チェンバーオーケストラ
第13回
「オペラ合唱名曲集」
千里市民管弦楽団
♢1990年
吹田市制施行50周年記念「ハーモニーの祭典」
ハイドン作曲、ヴィヴァルディ作曲の「ミサ曲」をブルガリア国立室内合奏団と共演
♢2001年
21世紀開幕を飾る「ベートーヴェン第9交響曲演奏会」
大阪シンフォニカー交響楽団と共演
♢1995年:シドニー「オペラハウス」
♢2002年:ウィーン「楽友協会ホール」
♢2015年:ベルリン「フィルハーモニーホール」
各国への演奏旅行を実施し、ウィーン少年合唱団はじめ、当地の合唱団と親善交流を果たす。
◇吹田市文化会館〈メイシアター〉落成記念
「600名市民によるベートーヴェン第9交響曲演奏会」
◇語りと唄で綴る吹田「満ち満ちて(吹田市誕生)」
◇メイシアター主催「ワンステップ トゥ ミュージカル」
◇アート フェスティバル in吹田(大阪文化団体連合会25周年記念)ほか
◇東アジア競技大会開会式
◇大阪腎臓協会20周年記念大会開会式
◇ロータリークラブ年次大会開会式 ほか
◇大阪府知事表彰
◇吹田市社会福祉協議会 感謝状 全6通

吹田の音楽文化の発展をと願い、結成した吹田混声合唱団の活動は、
ついには、世界の3大名ホールでの海外演奏にまでつながりました。
クラシック音楽に携わる人々なら、誰もが憧れる名ホールへの出演は、
まさに夢のような出来事でした。
それは、私の傍で常にピアノ伴奏を務めた妻、そして、共に歩んだ団員各位の
努力と情熱がなければ成し得ないことでした。
また、メンバーの一員として、度々、定期演奏会や海外演奏旅行に参加した、
女声合唱団カナリア・コーラス(私が指導の姉妹合唱団)の、力添えもありました。
全ての指揮、ピアノ伴奏を担った私共夫婦にとりましても、
誠に有意義かつ幸せな合唱活動でした。
最後に、私の真心を込めた、混声合唱曲「ありがとう そして さようなら」を、
全ての団員各位、ご支援下さいました方々に謹んで献呈し感謝と致します。
混声合唱曲「ありがとう そして さようなら」
作詞:梅谷邦彦
歌声に夢をのせて
心の友と歌い続けてきた
楽しい時も苦しい時も
歌で結ばれ歩んだ年月(としつき)
かけがえのない思い出を胸に・・・
歌声に希望をのせて
心の友と歌い続けてきた
今 別れ行(ゆ)かん
ありがとう そして さようなら
さようなら・・・
さようなら・・・
作詞・作曲:梅谷邦彦
【吹田混声合唱団:ファイナルコンサート】プログラムご紹介
※2021年5月に開催予定でしたが新型コロナ流行のため中止

ブログ記事【人生を辿る自作作品!】の最終回に寄せて
私の自作曲作品のご紹介は、今回で最終回となりました。
第1回目ご紹介の、人生初の自作曲、歌曲「すずらん」を作曲した19歳の頃から、
気が付けば、半世紀あまりの年月が流れ、世の中は大きく変わりました。
まさか、自作曲全7曲をこのような形で〈公開する〉ことになるとは、
人類の進化には驚かされます。
因みに、私が合唱指導を始めた25歳当時は、
パソコンはおろかワープロも無く、楽譜の作成は謄写版(ガリ版)でしたから。
しかし、音楽の本質は全く変わることがありません。
音楽は、いつの時代にも、
人々の心を感動で満たし、人生を豊かに彩ってくれるのです。
「音楽を愛し音楽を心の糧に」を信条に、今現在も、音楽と共に歩みを続けております。
私の専門は作曲ではなくチェロですが、長い音楽人生の折々に、
心からあふれた思いがメロディとなり、楽譜にしたためたものです。
これらは小さな作品ではありますが、
これまでの音楽人生を辿るようで、まことに感慨深く思われます。
これまでに、当ブログ記事をご高覧下さった方には、心より厚くお礼申し上げます。
※当初、掲載予定のバイオリン曲は、音大在学中に楽譜原本を友人に贈っていたため、
今回の公開は見送りました。
前回までの公開作品
第1回:「すずらん」(歌曲)
第2回:「ぼくはピアニスト!」(歌曲)
第3回:「ひびけ歌声」(合唱曲)
第4回:「ロマンス」(チェロ曲)
第5回:「感傷的なワルツ」(ピアノ曲)
第6回:「祝婚歌」(歌曲)







