伝説のブロードウェイ・ミュージカル『ウエストサイドストーリー』。
劇中で歌われるデュエット『トゥナイト』は、
ミュージカルが初演された1957年から、
時代を超えて今もなお、世界中で愛される名曲として、
光り輝き続けています。
当音楽教室でも、大人の声楽クラスでレッスンしています。
『トゥナイト』が、いつまでも輝きを失うことなく新鮮で、
きらめくような生命力さえも感じられるのは、なぜなのでしょうか?
『トゥナイト』が作曲された背景を知ることで、理解を深め、
表現力豊かに歌いましょう。
🎼『ウエストサイドストーリー』解説
まず、『トゥナイト』が歌われた
ミュージカル『ウエストサイドストーリー』についてご紹介します。
🎹ミュージカル映画の金字塔
ミュージカル『ウエストサイドストーリー』は、
1957年にニューヨークのブロードウェイで初演されました。
後の1961年に映画化されて大ヒット。
アカデミー賞では、作品賞はじめ、
ノミネートされた11部門のうち10部門を受賞し、
ミュージカル映画の金字塔として歴史に刻まれています。
アメリカ映画100周年にあたる2006年の
「ミュージカル映画ベスト」では第2位に選出されました。
▼「ミュージカル映画ベスト」とは
アメリカ映画100周年(2006年)を記念して、
AFI(アメリカン・フィルム・インスティテュート)により発表された
「AFIアメリカ映画100年シリーズ」ランキングのうちのひとつ。
▼2006年 「ミュージカル映画ベスト」ランキング~10位まで
1 雨に唄えば
2 ウエストサイドストーリー
3 オズの魔法使い
4 サウンドオブミュージック
5 キャバレー
6 メリーポピンズ
7 スタア誕生
8 マイフェアレディ
9 巴里のアメリカ人
10 若草の頃
🎹『ウエストサイドストーリー』内容
『ウエストサイドストーリー』は、
シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』を題材にし、作られました。
▼『ロミオとジュリエット』とは
ジャンル
戯曲(演劇として舞台で上演するために書かれた文学作品)。
作者
ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616 イングランド)
ルネサンス時代を代表する劇作家・詩人
初演
おおむね1595年とされています。
内容
長く対立を続けているふたつのイタリアの名家。
それぞれの家の一人息子ロミオと、一人娘ジュリエットが恋に落ち、密かに結婚します。
しかし、
繰り返される両家の争いに、引き離されてしまいます。
一緒にいようと策を講じますが、運命のいたずらが重なり、
ジュリエットが亡くなったと思い違いをしたロミオは絶望し、自ら死を選びます。
実は、生きていたジュリエットが、
自分の傍に倒れて亡くなっているロミオに気づき、後を追ったのでした。
嘆き悲しむ両家は、若いふたりの死をもって、長年に渡る対立に終止符を打ち和解します。
『ウエストサイドストーリー』では、
物語の舞台を、イタリアからニューヨークのウエストサイドに移し、
両家の争いは、人種の異なる若者たちのギャンググループの抗争
というかたちで描かれました。
ヨーロッパ系移民のグループ「ジェッツ」の
リーダーの親友トニー(元リーダー)と、
プエルトリコ系移民のグループ「シャークス」の
リーダーの妹マリアのふたりが、
悲しい運命に引き裂かれる恋人同士です。
デュエット『トゥナイト』は、
ストーリーの序盤、ダンスパーティーで出会い、
瞬く間に恋に落ちたトニーとマリアが、
2人の愛の始まりを歌う明るい希望と幸せに満ちた曲です。
🎹『ウエストサイドストーリー』を誕生させた若手芸術家たち
後世にまで光り輝くミュージカル『ウエストサイドストーリー』は、
台本:アーサー・ロレンツ
演出・振付:ジェローム・ロビンス
音楽:レナード・バーンスタイン
の3人が中心となって創作されました。
ジェローム・ロビンスが構想を練り始めたのは、22歳のときでした。
9年後に、アーサー・ロレンツとレナード・バーンスタインが加わり、
本格的な製作に入ったとき、
3人は31-32歳の若手芸術家でしたが、
すでに、それぞれの分野の新星として注目を集めていました。
アメリカは、第二次世界大戦後の繁栄に向かっていく最中にあり、
3人は、新しい芸術作品を生み出そうという熱意に燃えていました。
さらに8年の歳月をかけた1957年(39-40歳)、
『ウエストサイドストーリー』は、
ブロードウェイミュージカルとして初演されました。
🎹当時の衝撃作『ウエストサイドストーリー』
『ウエストサイドストーリー』は、
当時の観客に大きな衝撃を与えました。
これまでにない斬新さと大胆さ、躍動感にあふれた作品に、
人々は圧倒されたのです。
特に、『ウエストサイドストーリー』の映画版は、
台本・演出・歌唱・ダンス・美術・衣装などの舞台芸術に、
様々な撮影技術と、
映画の印象を決定づける音楽などを加えた作品です。
『ウエストサイドストーリー』によって、
映画は【あらゆる技術、表現、創造を結び合わせた総合芸術】
へと進化した、と言われています。
人々は、初めて味わう【総合芸術】としての『ウエストサイドストーリー』
の迫力に、新鮮に驚くとともに、
それが、単なる娯楽作品としてではなく、
若き芸術家たちのメッセージを、社会に放つものだったことに、衝撃を受けました。
生命力あふれる圧倒的なパフォーマンスとともに投げかけられるメッセージに、
人々は共感し、心動かされ、
『ウエストサイドストーリー』は大ヒットしました。
そしてその後およそ68年たった現在にも、
変わらない感動を与える名作品として尊ばれているのです。
『ウエストサイドストーリー』以来、ミュージカルは、
《単なる娯楽作品としてだけではなく、
社会の価値観や、人々の意識の変化に
大きな影響を与える重要な役割を担う》
ようになっていきます。
では、若き芸術家たちが、
アメリカ社会へ向けて放ったメッセージとは、何でしょうか?
🎹『ウエストサイドストーリー』が伝えるメッセージとは
♫メッセージ①経済問題、人種差別問題を抱えるアメリカ社会への反発
『ウエストサイドストーリー』を創り上げた
ロビンス(台本)、ロレンツ(演出)、バーンスタイン(音楽)の3人には、
いくつかの共通点があります。
▼3人の共通点
生まれた年代がほぼ同じ(1918-1919年)
アメリカ生まれのアメリカ育ち
ユダヤ系アメリカ人(ロビンス、バーンスタインは移民2世)
性的マイノリティ
3人は、大恐慌時代に青春時代を送り、
27-28歳で第2次世界大戦終戦を迎えました。
若いころに、アメリカの暗い歴史を経験しています。
アメリカは、戦後の華やかな繁栄の裏で、
経済格差問題、人種差別問題、マイノリティへの偏見、人権侵害問題など、
多くの社会問題を抱えています。
自由と希望の国アメリカの、
恐慌、戦争、差別、偏見、格差、分断という【負の部分】は、
ロビンス、ロレンツ、バーンスタインの3人自身が抱えてきた問題でもありました。
作品では、
ニューヨークの【ウエストサイド】に暮らす移民であり、
貧しい暮らしの若者たちが、
社会の弱者として犠牲になっている姿を描いています。
差別を受け、社会には居場所がなく、
心の拠りどころを求めて、仲間を作り群れています。
そして、持て余したエネルギーを、
人種の違う移民グループとの対立というかたちで発散しているのです。
心の中では、まともに働き、愛され、
幸せに生きたいと願っている若者たち。
人種差別やマイノリティへの偏見に苦しみ、
やるせなく葛藤する姿を描いています。
♫メッセージ②差別や格差、分断を乗り越えて融合するアメリカ社会を作る
『ウエストサイドストーリー』は、
『トゥナイト』だけではなく、
「マリア」「マンボ」「クール」「アメリカ」など、
一度聴いたら忘れられないインパクトを持つ数々の曲は、
『トゥナイト』とともに、今でも人々を魅了し続けています。
全ての曲を作曲したバーンスタインは、
自身がユダヤ系アメリカ人の移民2世でした。
『ウエストサイドストーリー』の創作で、
様々な音楽のルーツに光を当て、
専門であるクラシック音楽の領域をはるかに超えて、
ジャズ、ラテン、バレエなどを融合させた画期的な曲の数々を生み出しました。
バーンスタインは、
他民族国家アメリカの理想の姿と希望を、曲に込めたのです。
その理想と希望とは、
差別や分断を乗り越えて、融合するアメリカ社会を作ることです。
▼『ウエストサイドストーリー』の音楽を生み出した
レナード・バーンスタイン(1918-1990 アメリカ)
指揮者・作曲家・ピアニスト・教育者と多彩な才能で
20世紀の音楽界をリードし、天才音楽家と言われました。
1943年(25歳)
代役としてニューヨークフィルハーモニックを指揮、一躍脚光を浴びる。
1958年(40歳)
※『ウエストサイドストーリー』初演の翌年
ニューヨークフィルハーモニックの音楽監督に就任、
アメリカ生まれの指揮者の就任は、史上初めてでした。
1969年(51歳)
ニューヨークフィルハーモニックの音楽監督を辞任。
その後は、
ウィーンフィル、バイエルン放送交響楽団、ロンドン交響楽団、フランス国立管弦楽団など、
世界の名門オーケストラに客演。
クラシック音楽界の世界的なスターとして、今もなお、愛されています。
🎼『トゥナイト』解説
『トゥナイト』は、
ストーリーの序盤、ダンスパーティーで出会い、
瞬く間に恋に落ちたトニーとマリアが、
2人の愛の始まりを歌う明るい希望と幸せに満ちた曲です。
敵対しているグループそれぞれに属しているトニーとマリアでしたが、
ふたりの愛には、人種の違いなど関係ありません。
ですが、家族や仲間たちが許すはずもなく、
この後、ふたりにとって悲しい結末が待ち受けています。
【トゥナイト】とは、日本語で【今夜】ですね。
曲は、【今夜】すべてが始まる、世界が輝く、
という希望が歌われています。
『トゥナイト』の歌詞や曲調は、躍動感にあふれ、
それを歌うふたりは、
愛し合っていることの幸福感で満たされ、喜びで高揚し、存在そのものが輝いています。
この歌には、愛と希望が放つエネルギーがほとばしっています。
『トゥナイト』は、聴く人の心を明るい希望で満たしてくれるのです。
ふたりの希望の未来を疑うことなく、純粋に愛する心を歌うトニーとマリア。
その尊さ・気高さは、この後に繰り広げられる民族間の対立の悲しさを、
人々により強く訴えかけることになります。
人々は、愛と希望の歌の余韻にひたりながら、
アメリカの闇とも言える根深い問題に直面するのです。
『ウエストサイドストーリー』では、
トニーとマリアの尊い犠牲によって、
敵対していた者たちが過ちに気付き、融和への道が開かれます。
『トゥナイト』には、
愛は、分断を乗り越えて、融合をもたらすことができるという、
バーンスタインのメッセージが込められています。
【愛】とは崇高なものです。
崇高なものに触れたとき、
人は感動し、自分が変わり、世界が今までと違って見えてきます。
バーンスタインは、尊い【愛】に、社会を変える希望を託したのです。
🎼『トゥナイト』歌詞の日本語訳
『トゥナイト』の日本語訳を読んで、歌詞の意味を確認しましょう。
作詞:スティーブン・ソンドハイム(1930-2021 米 作詞家、作曲家)
※こちらでは、原詞は省略します。
(マリア)
今夜、今夜
今夜すべては始まった
あなたを見た瞬間に
世界が変わった
今夜、今夜
今夜 存在するのはあなただけ
あなたの存在
あなたの振る舞い
あなたの言葉
(トニー)
今日一日中
予感がしていた
奇跡が起こりそうだと
今その通りだとわかった
なぜなら 君がここにいるから
ただの世界が星になった
今夜
(トニー&マリア)
今夜、今夜
世界が明かりで満たされる
太陽と月がありとあらゆるところにあるみたいに
今夜、今夜
世界が大胆に輝き
気が狂ったかのように光を放っている
今日、世界はただ場所
住むためだけの場所だった
良いところとは言えなかった
でもあなたがここにいるから
ただの世界が星になった
今夜!
作詞:スティーブン・ソンドハイム
作曲:レナード・バーンスタイン
※曲の前のセリフ部分から始まり、続いて曲が演奏されます。
🎼スティーブンスピルバーグ監督版:映画『ウエストサイドストーリー』
2021年スティーブンスピルバーグ監督が、
『ウエストサイドストーリー』をリメイク制作しました。
名作であるにもかかわらず、
リメイク映画が制作されたのは、意外にも、スピルバーグ監督の作品が初めてです。
映画界で神格的となっている『ウエストサイドストーリー』は、
リメイク作品を制作するハードルがとても高かったのです。
スピルバーグ監督は、10歳の時に『ウエストサイドストーリー』を見て、
「一生忘れられない経験をした」と言っています。
それから55年の時をへて、現代に新たな感動をよみがえらせました。
🎼今だからこそ『トゥナイト』を歌いましょう!
初演から68年、
融合しかけた世界が、今また分断の方へ向かっている現代。
『ウエストサイドストーリー』に込められた願いは、
今、世界中の願いとなっています。
分断を乗り越えて融合する世界を作ること。
純粋に人を愛し、明るい未来を信じた歌『トゥナイト』。
当教室でご一緒に歌いませんか。
今回のコラムにお付き合いいただき、
ありがとうございました。
次回のコラム『ちいさな感動おおきな感動』も
よろしくお願いいたします。
梅谷音楽学院 講師 IKUKO KUBO (^^♪