カッチーニ作曲『アヴェマリア』は、
本来は歌曲ですが、
今回、ピアノのシニアクラスのレッスンで、
歌曲からピアノソロにアレンジされた楽譜で取り上げました。
『アヴェマリア』は、
聖母マリアを讃える祈りの言葉が歌詞に使われている曲で、
これまでに、数多くの作曲家によって、数多く作曲され、
どの『アヴェマリア』も、世界中の人々に愛され親しまれています。
その中でも、
グノー作曲、シューベルト作曲、そしてカッチーニ作曲の3曲が、
「世界三大アヴェマリア」と呼ばれ、大変有名です。
始めに、「世界三大アヴェマリア」のうちの、
こちらの2曲からお聴きください。
『アヴェマリア』の「マリア」とは、
キリスト教における神の子イエス・キリストの母である
「聖母マリア」のことですが、
「聖母マリア」からイメージされるのは、
神聖、祈り、慈愛、癒し、安らぎ、希望、甘美、優しさ、抱擁、温和、
微笑み、光、清らかさ、慎ましさ、思いやり、母性、、、などです。
「聖母マリア」と言えば、愛や優しさの象徴ではないでしょうか。
そのため、
数多く作曲された『アヴェマリア』のメロディーは、
そのイメージ通りに、
天上から音が降りてくるように美しく響き、
静かに私たちを包み込むような優しさ、穏やかさがあります。
どの曲も、私たちの心を整え、清らかにし、落ち着かせ、
深い癒しと安らぎをもたらせてくれます。
ですが、
カッチーニ作曲の歌曲『アヴェマリア』を初めて聴いたとき、
「聖母マリア」のイメージとは、
あまりにもかけ離れていたため、
雷に打たれたような衝撃を覚えました!
抑圧されたように、
悲しげに響いてくるメロディーから始まり、
それは、途中で慟哭になり、
それからまた心を締めつけるような嘆きになります。
そのため、
癒しや安らぎのような穏やかさとは反対に、
息苦しい沈痛な感情が、湧き上がってきて、
聴いている私たちの心をおおきく乱すのです。
そして何度聴いても、
聴くたびに心が強く揺さぶられ、
おもわず涙がこぼれ出てきます。
しかも、歌詞が、
「アヴェマリア(Ave Maria)」 の
たった一言だけなのです!!!
始めから終わりまで、
「アヴェマリア(Ave Maria)」だけを、
悲しい慟哭と嘆きで、何度も繰り返すのです!
「アヴェマリア(Ave Maria)」とは ラテン語で、
”祝福あれ、マリア様” と
敬愛を込めて呼びかける言葉として、
教会の礼拝で祈るときに使われます。
なぜ、この一言だけを、繰り返しているのでしょうか?
最初にお聞きいただいた
「世界三大アヴェマリア」のひとつグノー作曲では、
キリスト教での祈りの言葉
「聖母マリアを讃える祈りの文」が、
歌詞にそのまま使われています。
アヴェマリア
恵みに満ちた方
主はあなたとともにおられます
あなたは女のうちで祝福され
ご胎内の御子イエスも祝福されています
聖なるマリア、マリア
私たちのためにお祈りください
私たち罪びとのために
アーメン、アーメン
今も、そして 死を迎えるときも
同じく、シューベルト作曲で使われた歌詞は、
イギリスの作家 ウォルター・スコットが書いた物語『湖上の美人』の
一場面で歌われる歌として作られました。
この物語の主人公エレンの父が処刑されるかも知れない場面です。
アヴェマリア、寛容なマリアよ ひとりの娘エレン (この祈りを唱えている女性のこと)の 願いを聞き入れてください この固く荒々しい岩壁の中から 私の祈りがあなたのもとへ届きますように 私たちはあなたの慈悲の下で安らかに眠ります たとえ人々がどんなに残忍であっても おぉ聖母マリアよ ひとりの憂う子エレンを見てください おぉ聖母マリアよ ひとりの願う子エレンの祈りを聞いてください アヴェマリア
この2曲の歌詞を読み比べてみると、
文章の表現に違いはありますが、
どちらの歌詞も、
「アヴェマリア(Ave Maria)」と呼びかけた後、
「私(もしくは私たち)のことを、祈ってください、助けてください。」
というお願いの言葉が続きます。
ですが、カッチーニ作曲の歌詞は、
「アヴェマリア(Ave Maria)」と呼びかけ、
その呼びかけを繰り返すだけで、後の言葉が続きません。
悲しみや苦しみがあまりにもおおきく、
ただ、嘆くことしかできず、
「アヴェマリア(Ave Maria)」・・・・・・
とだけ繰り返しています。
そしてその声は、
聴く人の心の奥底にしまい込んでいる
悲しみや苦しみを刺激して共鳴し、
その感情をあふれさせてしまいます。
だから、何度聴いても、
聴くたびに心が強く揺さぶられ、
おもわず涙がこぼれ出てくるのですね。
ですが、
悲しく苦しいだけの曲であれば、名曲とはなり得ません。
「アヴェマリア(Ave Maria)」 のたった一言の呼びかけを
繰り返し繰り返し聴いた後に、
胸のつかえがとれたように心が整い、
神聖で敬虔な気持ちがもたらされることに気が付きます。
「アヴェマリア(Ave Maria)」という、
たった一言は、
悲しみや苦しみをなくすことはできなくても、
それらを受け入れて、前を向いて生きていこうとする
愛や希望の強い力を与えてくれます。
皆さんも、そのたった一言のおおきな感動を、
一度、聴いたり歌ったりして心を震わせてみてください。
今回は、ピアノのシニアクラスの曲として
生徒さんにレッスンしました。
ピアノソロ アレンジの楽譜では、
原曲の歌詞「アヴェマリア(Ave Maria)」は、
ピアノの右手のメロディーとして、何度も繰り返されます。
悲しげに響くピアノのメロディーに、
心が震え、そして洗われることでしょう。
※作曲者について補足です。 ジュリオ・カッチーニ (1545?-1618イタリア) の作曲とされていましたが、、、 実は、違っていたことが、判明しています。 本当の作曲者は、 ウラディーミル・ヴァヴィロフ (1925-1973 旧ソ連)です。 なぜ、「カッチーニ作曲」となってしまったのか、 経緯や理由については曖昧で、確かなことはわかっていませんが、 「カッチーニ作曲の『アヴェマリア』」として、 あまりにも有名になってしまい、 訂正されないまま現在に至っています。 今回のコラムの中でも、広まってしまっている 「カッチーニ作曲」として、お話を進めさせていただきました。
今回のコラムにもお付き合いいただき、
ありがとうございました。
次回のコラム『ちいさな感動おおきな感動』も
よろしくお願いします。
梅谷音楽学院 講師 IKUKO KUBO (^^♪